Jはいらない、と思う。
マーケティング的視点からも、ホームページの情報を常に新しくしておく必要のある企業は多いだろう。
だから、ホームページの基礎としてCMS(コンテンツマネジメントシステム)が使われることが多くなった。
しかしCMSはたくさんある。
オープンソースだと、Joomla!、Xoops、Nucleus、Geeklog、MODx、Typo3等々。
さらにMovable Typeのような有料のものもある。
たくさんありすぎて、情報を追いかけきれない。
どれがベストなのかいまいち判断できない。
どのCMSにも一長一短があるし、人それぞれ好みもあるのだが、個人的には、最近は、とりあえずはWordPressとDrupalでいいか、と思うようになったしだい。
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あれこれやろうとすると、どうしても仕事を自動化する必要が出てくる。
自動化というと、昔はどこか非人間的な感じがしていたが、今はむしろ人間的であるためにこそ、可能なところは自動化すべきなのだと思うようになった。
考えてみれば、仕事を人にやってもらうことも、一種の自動化だ。
個人的には、ほぼすべてのことを自動化してしまいたい気がする。
以上、今日のメモ。
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DrupalはオープンソースのCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)だ。
NASAやMTV.co.ukのホームページでも利用されているのだとか。
ちょっと触ってみたが、最初は味もそっけもない感じだ。
CMSということになっているが、一種の「フレームワーク」とも考えられているらしい。
モジュールとしてプログラムを組み込むことで、いろいろなことができる。
(基本的にすべてのCMSがそうなのだが、Drupalはとりわけそのフレームワーク的クオリティ、というかセンスが、評価されているように見える。)
個人的に前々から考えていたことが、ひょっとしたらできるのかもしれない。
アヴリル・ラヴィーンのホームページもDrupalで作られているそうだ。
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YouTubeで1970年代後半のThe Runawaysの映像を見た。
今改めて見ると、彼女たち(17・8才?)がいかに本気でロックしていたかということがものすごくよくわかる。
後にジョーン・ジェットというスターを生み出したわけだから当然と言えば当然なのだが。
それにしても、ドラムの人、すごいなー。
当時は基本的に、ボーカルのシェリー・カーリーしか見ていなかったわけだが、今見ると、ドラムの人(サンディ・ウェスト)が筋肉隆々で、めちゃくちゃ楽しそうに叩いているのが印象的だ。
Cherry Bomb
ランナウェイズと言えばとりあえずこれ、というデビュー曲。
「チェリー・ボム」というタイトルがいかしている。
シェリーの「チ・チ・チ・チ・チ・チ」にやられたものだ。
I Love Playing With Fire
いかにも70年代後半という映像。
当時のPVなのだろうか?
ライブ映像はほとんどが日本でのものであり、当時いかに彼女たちがアメリカで評価されていなかったかがうかがい知れる。
しかし。
個人的には、ランナウェイズはもっと評価されてもいいような気がする。
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鹿児島県警が引き起こした志布志事件関連の投稿の今のところのまとめ。
新たにカテゴリー「志布志事件」を作った。
志布志事件の責任者の責任は?
組織のゴミはきちんと処分すべきだろう
鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと
「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪
退職金の返還は当たり前だ
こいつら万死に値する
あたりまえだ
全国に2度恥をさらした鹿児島県警
続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ?
続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ?
鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ?
志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁
なんだこりゃ
その他
もっといろいろ書いたような気がするが思い出せない。
このブログを始めてから3年以上になったが、さすがにいつ何を書いたのかわからなくなってきている。
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秋葉原の事件からちょうど1年になるということで、昨日はニュースがこぞってその話題を取り上げていた。
で、あらためて思った。
メディアによって日々垂れ流される幸福のイメージがあまりに貧困であることが、あの事件の背景にあるのではないか、と。
人間には、性格や体質の違いなどの個体差がある。
しかし、なぜかメディアが垂れ流す「幸福」のイメージはいつも同じだ。
一人ひとりが違うのに「幸福」の種類が一つしかなければ、そこからはみ出す人が大量に出てくるは当然だ。
秋葉原事件の犯人は自分のことを「幸福」ではないと信じていたようだ。
確かに、彼は派遣社員だった。
今の日本では、派遣社員であれば、「幸福」ではない。
しかし、本当のところは、そうであるはずがない。
雇用が安定していない、ということと、「幸福」ではない、ということは、無関係だ。
幸福はもっと(というか、本来は100%)パーソナルなものだ。
少なくとも、ショップでナイフを買い、店員さんと言葉をかわしていた時の彼は、幸福そうに見えた。
犯人はメディアが垂れ流す「幸福」のイメージをいちいち真に受けていたのだろう。
「テレビで大々的に取り上げられるような大きな事件を引き起こす人間」=「悪のヒーロー」=「幸福」(少なくとも「派遣社員」より)と思っていたようなふしもある。
ところで、メディアが垂れ流す「幸福」のイメージは、なぜ画一的なのか?
それには、それなりの社会的な理由があるようだ。
かつて、皆が同じ「幸福」を目指すことで、経済が急激に成長していた時代があった。
一種類の「幸福」を目指して多くの人が同じもの(車や家など)を欲しがり買うことで、今でも経済は回っている。
だから、「幸福」は画一的であるほうが、経済効率がいい。
なるほど。
そうであるとは言え。
秋葉原事件を思い出すと、いまだに、正社員=「幸福」、派遣社員=「不幸」、というような画一的なイメージを大量に、しかも一生懸命垂れ流しているメディアの罪は、深い、というしかない。
「幸福」のイメージが貧困な人々(と言えば、不正確だが、レトリック的につい書いてしまった)によって、日々、貧困な「幸福」のイメージが再生産されているのだ。
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松藤民輔氏の「超・投資勉強法」を読んでみた。
(以前「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」を読んだことがあった。)
松藤氏は書いている。
「どんな分野でも、人に「一人前」と評価されるには、少なくとも500時間の勉強が必須ではなかろうか。(中略)
プロフェッショナルと認められるにはざっと5000~1万時間は勉強しなければならないと思う。」
500時間・・・。
たった?
500時間なら1日に10時間勉強すれば、50日で達成できてしまう。
仕事を持っている人には無理だが、大学生なら一度の夏休みで完了だ。
1日5時間勉強して、3年で5000時間、6年で1万時間。
氏の考えに従えば、うまくいけば、3年でプロフェッショナルになれることになる。
ちょっと少なすぎるのでは、という気もするが、投資に面白さを感じない人は1日5時間の勉強を到底続けられないだろうし、投資が面白くてしょうがない人は、5時間勉強しても勉強した気がしないだろう。
自分が面白いと感じることは勉強自体が一種の遊びだ。
他人からは努力しているように見えるが、当人は楽しんでいるだけである。
以下、いつもの暴論。
雇用されずに生きていける人間は、できるだけ雇用されずに生きていくべきだと思う。
なぜならそれにより1人分の雇用枠を他人に譲ることができるからだ。
「働かざるもの、食うべからず」という言葉があるが、これからは、「働かざるとも食えるもの、働くべからず」である。
投資で生きていけるというのは、一つの理想だ。
しかし、少子高齢化が進む先進国が豊かであり続けるためには「働かざるとも食えるもの」を増やしていくしかない。
「働かざるとも食えるもの」が働くことは、非道徳的であり悪である。
次の資本主義が目指すべき場所は、そこだと思う。
(景気が良くなって人手が足りなくなったらどうするのだ、という意見があるだろうが、世界には生きていくことができないほど貧しい人々がたくさんいる。
国境という壁を越えて、彼らに雇用枠を提供すれば、貧困の解決に役立つ。
むろんそのためには教育が必須だが、教育産業を充実させること自体が新たな雇用を生むことになる。
また、人手が足りなくなれば、その分賃金は上がる。
さらに、賃金を資本化するしくみによって、誰もが「働かざるとも食えるもの」になれる道筋が確保されていることが重要であることは、言うまでもない。)
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先日たまたま報道ステーションを見ていたら、検察審査会の仕組みが変わることを特集で伝えていた。
どうやら検察だけでなく、市民も被疑者を起訴できる時代になったらしい。
11人の市民からなる検察審査会の議決に法的拘束力が付与され、検察審査会が2度「起訴相当」と判断すれば、実際に起訴が行われるのだとか。
「起訴状を書いたり、その後の公判で立証したりする仕事は、検察官ではなく、裁判所が指定した弁護士が担う。捜査で得られた証拠や資料は検察官から引き継ぐ。」(朝日新聞)そうだ。
これまで検察審査会が2度「起訴相当」と議決した例に、兵庫県明石市の花火大会での歩道橋事故をめぐり業務上過失致死傷の容疑で捜査された当時の警察署長と副署長があげられていた。
検察の身内である警察のような権力を持った組織の人間でも、これまでのように密室の判断で不起訴にして終わりというようなことができなくなるわけだ。
たとえば組織の権力を悪用し悪事を働く(あるいは悪事を隠蔽する)バカがいた場合に、そいつに組織の上下関係でコントロールできないところに足跡を残させれば、いずれそいつを起訴できるわけだ
足跡が残っているのに検察が自らそのバカを起訴しなければ、面子も信頼もまるつぶれになってしまう。
二階大臣への西松建設の違法献金事件では、告発者側がこの制度改革に言及した。
検察の判断には小沢前民主党代表の秘書の起訴と整合性がなければならない。
献金金額の大小などは、典型的な恣意的理由だろう。
これからは「一罰百戒」などという、言葉は立派だがその実小学生レベルの恣意的判断は通らなくなるのかもしれない。
(政治的意図なしに「一罰百戒」という言葉をさももっともらしくしゃべっている人間はかえって滑稽である。)
報道ステーションを見るまでまったく知らなかったのだが、これはずいぶん画期的な進歩だ。
このところ他のメディアは裁判員制度のことばかり取り上げていて正直ちょっとあきあきしていたところだったので、報道ステーションなかなかやるなー、と思ったしだい。
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FXに関してのいくつかの規制が金融庁で具体的に検討されているらしい。
顧客の預入金の信託保全義務化等は当然だが、レバレッジ規制等はどうかと思う。
世間一般(というか、FXの経験がない人)には高レバレッジはリスクが高いという認識があるのかもしれないが、むしろ逆だ。
こちらのブログがそのことをとても分かりやすく解説している。
金融庁の頭のいいお役人がこれを理解していないはずはないと思う。
いやいや、ちょっと自分でやってみれば、誰でも理解できることだ。
高レバレッジだろうが低レバレッジだろうが、自分が儲けたり損したりする金額それ自体は同じだ。
低レバでやるためにはそれだけ多くのお金をFX会社に預けなければならないのだが、金利がつかないところになぜお金をおいておかなければならないのだろう?
(信託保全される顧客のお金の利息(普通に銀行に預けたらもらえるはずの金額)はいったいどこにいくのだろうか?)
あくまでも個人的な印象に過ぎないが、
「低レバレッジ=リスクが低い」という説明は、「顧客=デモトレードもやらずにFXにいきなり全財産をつぎ込むような底なしのバカ」を前提した話であり、詐欺的な臭いがぷんぷんする。
本来規制すべきは、この詐欺的言説ではないか。
そもそもなぜ規制の話が出てきたのだろう。
世の中には、妬み深い人が、多くはないが確実にいる、ということか。
最近はFXのテレビコマーシャルもあるらしい。
少し認知度が上がりすぎたのかもしれない。
このブログでは、FXやCFDなどの金融商品の話は当分取り上げないようにしようと思ったしだい。
(もともと世間的な影響力はゼロなのだが(笑)。)
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村上隆さんのことを完全に誤解していた。
『芸術起業論』を読んで、村上さんがもろもろのことを、すべて確信犯的にやっているのだということがよく分かった。
『芸術起業論』はマーケティングの視点からも、ものすごくためになる本だった。
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朝日新聞襲撃事件の実行犯を名乗っていた人物が、週刊新潮の手記の内容を否定したのだとか。
最近、週刊誌ジャーナリズム(というかメディア)の信頼性を揺るがす出来事が続いている。
おそらく現場の人たちは、第三者から見たら一目瞭然のある重大なことに気づいていないのだろう。
自分たちが様々な組織に利用されるだけの存在に堕していることに。
これはNHKのニュースでも同じだ。
情報に対してパブロフの犬的な反応しかできない、とすっかり見切られているわけだ。
利用する側にとって、これほど利用しやすい存在はない。
利用しようとする側にはそうせざるを得ない後ろ暗い何か(理由)があるものだ。
利用されるふりをして、それを暴く程度の芸があってもよさそうだが。
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野暮用で法律事務所へ行くことになった。
で、色々調べてみたのだが、
このネット時代にホームページやブログを持たない法律事務所が結構たくさんあり、驚いた。
これはどういうことなのだろう?
弁護士事務所はホームページを作って営業する必要がないほど仕事が次々とある、ということなのだろうか?
それとも、弁護士の人には、インターネットのことは分からない・興味がないという昔気質の人が、案外多いということだろうか?
おそらく一般人にとって弁護士事務所は相当に敷居の高い場所だ。
だからこそ、少なくともある程度はホームページ等でプロフィールや業務のプロセス・料金等をオープンにする必要があるように思うのだが・・・。
(ちなみに、これはエイプリルフールネタでは、もちろんない。)
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