ブログを読んでいると、時々「確かに!」とひざを打ちたくなるようなエントリーに出会うことがある。
こちらのブログの「『光と影』の呪縛」というエントリーなんか、まさにそう。
ブログやCMSの多くが、既成のテンプレートを利用することで、簡単におしゃれな見た目を実現できるように、「『光と影』テンプレート」を土台にすれば、頭が良さげな文章をたやすく構築できる。
「『光と影』テンプレート」の最大の特徴は、一見、対象の良い面と悪い面を平等に取り上げているように見えながら、実際は「影」の部分を受け手に強く印象付けられる、ということだろう。
これは便利。
自分が気に食わないことや自分に都合の悪いこと、自分の立場を脅かしそうなことは、何でも「『光と影』テンプレート」で切って捨てればいい。
ただ、「『光と影』テンプレート」があまりにもマスコミや受験小論文のデフォルトになりすぎているので、特に利害関係も悪意もないのに、無意識にこのテンプレートを使って思考してしまい、莫大な機会損失を被っている人が、結構いるような気もする。
たとえば、そこそこに知的な職業についていながら、「『光と影』テンプレート思考」の結果として、いまだに「インターネット」を使わないという人なんか、その代表例なんじゃなかろうか。
不思議なのは、日本では(日本だけなのか他の国でもそうなのかはよく分からないが)、一般に「影」を重視すると知的にみえるし、「光」を重視するとちょっとバカに見える、ということだ。
これは政治の世界でもそうで、小泉さんなんか、マスコミ的視点では「ちょっとバカ」の典型になっている。
これでは「ちょっとバカ」の立つ瀬がない、というわけで、次のような等式を無理やり考えてみた。
「影」を重視すると知的にみえるし、「光」を重視するとちょっとバカに見える。
=行動しない人間は知的に見えるし、行動する人間はちょっとバカに見える。
行動しなければ、失敗することは永遠にない。
めでたし、めでたし、というわけだ。
(残念なのは、現状より良くなることもないし、現状が悪化しつつあるときにはそれを止められもしない、ということなのだが、これは言わないでおこう)。
話がふかわりょうみたくぐだぐだになったが、たまにはこんな↓課題作文にトライしてみるのもいいかもしれない。
課題:次のテーマで自分の思うところを述べよ。
テーマ:「『光と影』の光と影」
「『光と影』テンプレート思考」が得意な人は、きっと素晴らしい作文が書けると思う。
追記:
この文章を読み直すと、どういうわけか、ちょっと「『光と影』テンプレート思考」になっているのだが、まったく「頭が良さげ」には見えない。
「『光と影』テンプレート」を使ってもまったく頭が良さげに見えない、なんて、逆にすごい、と思ったり。



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