世間が忘れかけてきたころなので、志布志事件について一言。 あれだけのバカな捜査をしたわけだから、当時の上司は当然退職金を返還してしかるべきだろう。 なぜ、返さないのだろうか??? 返さないことを、なぜ県警は許しているのだろうか??? まさか自分たちが何か特別な存在であるかのように勘違いしているわけではあるまい。 (勘違いしているとしたら、失笑ものである)。 また、まだ退職していない当時の上司は、当然警察の職を辞すべきだろう。 自分がやったことに対して責任を取れない人間に、警察の仕事が務まるはずがない。 これは小学生にもわかる理屈だ。 やっていることがままごとすぎる。 責任を取る、という大人としての発想はないのだろうか。 やったことが間違っていたら責任を取る、これは当然の話だろう。 先日の何かのフォーラムでジャーナリストの鳥越俊太郎氏が「もっとレベルを上げなければならない」という趣旨の発言をしていたが、要するに、現状ではレベルが低すぎるということだろう。 程度の低さが日本全国に知れわたっていることになる。 組織うんぬんの問題ではない。 人間としての問題だ。 県警は人としての善悪がわからない幼児の集まりなのだろか? そんなことはないはずだ。 (もし善悪が分からない正真正銘のバカが警察官だったらいくらなんでもまずすぎる)。 防衛庁の事務次官だった守屋氏は退職金をすべて返した。 直接のきっかけは規律違反が明らかになったことだが、県警の場合にはもっと悪質だった可能性がある。 捜査の実態を捜査上の秘密ということで公にしていないわけだから、実際のところどれだけ違法ななことをやっていたのかわからない。 県警が犯罪を犯していた可能性すらあるわけだし、事実が公にされない以上、誰もその可能性を否定できない。 だからこそ、上司の責任が問われるし、組織うんぬんを超えて人間としての責任をとらなければならないわけだ。 つまり、情報を公にしない組織は、関係者が組織うんぬんを超えて人間としての責任をとることでしか、その組織の信頼性は維持できないのだ。 これからは、在職中にバカなことをした公務員は、退職した後にそれが発覚した場合も、退職金はすべて返さなければならないということになっていくだろう。 当然の流れだと思う。 ちょうしにのって逸脱した人間(つまり、バカ)は、どんな組織に属していようとも、徹底的に責任を取らなければならない。 とりわけ、自分たちのことを何でもできるかのように勘違いしている正真正銘のバカのいる組織の場合はそうである。 というか、まずその組織の中の人間が、そういうバカを組織から徹底して排除するべきだろう。 たとえそれが上司であったとしてもだ。



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