「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪

先日、踏み字事件で福岡高裁の判決が出た。

《陶山博生裁判長は「常軌を逸した違法性の強いもので、多大な精神的苦痛を与えたばかりか、警察官の取り調べに対する国民の信頼をも大きく損ねた」と厳しく批判した。》(YOMIURI ONLINE)

《陶山裁判長は「許容される説得活動とは言えない。たとえ1回であっても精神的苦痛を与える」と判断。その上で、「家族への親愛の情を踏みにじり、人格を否定した。警察官の取り調べに対する国民の信頼も大きく損ねた」と指摘した。》(YOMIURI ONLINE)

以前南日本新聞に被告は「まじめな人だった」という趣旨の同僚の同情的なことばが紹介されていたことがあったように思う。
他のごく普通の犯罪事件で、被告に対するこのような同情的な意見を、新聞が紹介することがはたしてあるのだろうか、と疑問に思ったものだ。
新聞と県警は仲良しであり、記者に地方独特の身内意識があるように感じた。

組織の中でまじめであることと、社会の中でまじめであることは、実はまったく異なる。
前にも書いたことがあるが、ある評論家の人の名言に「会社の常識は社会の非常識」ということばがある。
今回の事件は、まさにその典型だろう。

被告は組織の中であたりまえだったことを、あたりまえに行っただけではないのか。
それまでにも、同じことを何度もやっていたのではないか。
だから、国民の目から見れば明らかに異常に見える行為に対して、これほどまでに、「えっ???」と思うほどに、違法性の意識が欠如しているのではないか。

とすれば、悪いのは被告ではないかもしれない。
最大の責任は、善悪の区別がつかない人間を作り出し、「まじめな人」として通用させてしまう組織そのものにある。

悲しむべきことに、今回の裁判は、鹿児島県警の「常軌を逸した違法性」を、全国にさらしてしまう結果になっている。

(しかし、なぜ、元同僚の一人ぐらい、被告に「あなたの主張は県警の中では通用しても、世の中では通用しないよ」と諭してあげなかったのだろう?)

最後に書いておくが、志布志事件の時の上司で、現在まだ県警に残っている人物は、すみやかに責任を取り、組織を辞すべきだ。
むろん、退職金を受け取ることは許されない。
いったい何人の、おじさん・おばさん・おじいちゃん・おばあちゃんたちを苦しめたと思っているのだろうか?
結果として犯罪と同等のことをしたのであり、自分の部下を犯罪者にしてしまったのではないか?
なぜ人として、きちんと責任を取らないのだ?

本来責任を取らせるべき人間を処分することができない、という、上司や身内にたいするこの甘さ(というか、組織のしくみ)が、現在の警察の最大の問題であり、志布志事件や踏み字事件の温床になっていると感じる。

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