あれこれやろうとすると、どうしても仕事を自動化する必要が出てくる。 自動化というと、昔はどこか非人間的な感じがしていたが、今はむしろ人間的であるためにこそ、可能なところは自動化すべきなのだと思うようになった。 考えてみれば、仕事を人にやってもらうことも、一種の自動化だ。 個人的には、ほぼすべてのことを自動化してしまいたい気がする。 以上、今日のメモ。
自動化の必要性
DrupalとNASA
DrupalはオープンソースのCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)だ。 NASAやMTV.co.ukのホームページでも利用されているのだとか。 ちょっと触ってみたが、最初は味もそっけもない感じだ。 CMSということになっているが、一種の「フレームワーク」とも考えられているらしい。 モジュールとしてプログラムを組み込むことで、いろいろなことができる。 (基本的にすべてのCMSがそうなのだが、Drupalはとりわけそのフレームワーク的クオリティ、というかセンスが、評価されているように見える。) 個人的に前々から考えていたことが、ひょっとしたらできるのかもしれない。 アヴリル・ラヴィーンのホームページもDrupalで作られているそうだ。
ザ・ランナウェイズ再考
YouTubeで1970年代後半のThe Runawaysの映像を見た。 今改めて見ると、彼女たち(17・8才?)がいかに本気でロックしていたかということがものすごくよくわかる。 後にジョーン・ジェットというスターを生み出したわけだから当然と言えば当然なのだが。 それにしても、ドラムの人、すごいなー。 当時は基本的に、ボーカルのシェリー・カーリーしか見ていなかったわけだが、今見ると、ドラムの人(サンディ・ウェスト)が筋肉隆々で、めちゃくちゃ楽しそうに叩いているのが印象的だ。 Wild Thing Cherry Bomb ランナウェイズと言えばとりあえずこれ、というデビュー曲。 「チェリー・ボム」というタイトルがいかしている。 シェリーの「チ・チ・チ・チ・チ・チ」にやられたものだ。 Qeens of Noise I Love Playing With Fire いかにも70年代後半という映像。 当時のPVなのだろうか? Rock’N’Roll ライブ映像はほとんどが日本でのものであり、当時いかに彼女たちがアメリカで評価されていなかったかがうかがい知れる。 しかし。 個人的には、ランナウェイズはもっと評価されてもいいような気がする。
志布志事件関連
鹿児島県警が引き起こした志布志事件関連の投稿の今のところのまとめ。 新たにカテゴリー「志布志事件」を作った。 志布志事件の責任者の責任は? 組織のゴミはきちんと処分すべきだろう 鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと 「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪 退職金の返還は当たり前だ こいつら万死に値する あたりまえだ 全国に2度恥をさらした鹿児島県警 続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁 なんだこりゃ その他 もっといろいろ書いたような気がするが思い出せない。 このブログを始めてから3年以上になったが、さすがにいつ何を書いたのかわからなくなってきている。
「幸福」のイメージの貧困
秋葉原の事件からちょうど1年になるということで、昨日はニュースがこぞってその話題を取り上げていた。 で、あらためて思った。 メディアによって日々垂れ流される幸福のイメージがあまりに貧困であることが、あの事件の背景にあるのではないか、と。 人間には、性格や体質の違いなどの個体差がある。 しかし、なぜかメディアが垂れ流す「幸福」のイメージはいつも同じだ。 一人ひとりが違うのに「幸福」の種類が一つしかなければ、そこからはみ出す人が大量に出てくるは当然だ。 秋葉原事件の犯人は自分のことを「幸福」ではないと信じていたようだ。 確かに、彼は派遣社員だった。 今の日本では、派遣社員であれば、「幸福」ではない。 しかし、本当のところは、そうであるはずがない。 雇用が安定していない、ということと、「幸福」ではない、ということは、無関係だ。 幸福はもっと(というか、本来は100%)パーソナルなものだ。 少なくとも、ショップでナイフを買い、店員さんと言葉をかわしていた時の彼は、幸福そうに見えた。 犯人はメディアが垂れ流す「幸福」のイメージをいちいち真に受けていたのだろう。 「テレビで大々的に取り上げられるような大きな事件を引き起こす人間」=「悪のヒーロー」=「幸福」(少なくとも「派遣社員」より)と思っていたようなふしもある。 ところで、メディアが垂れ流す「幸福」のイメージは、なぜ画一的なのか? それには、それなりの社会的な理由があるようだ。 かつて、皆が同じ「幸福」を目指すことで、経済が急激に成長していた時代があった。 一種類の「幸福」を目指して多くの人が同じもの(車や家など)を欲しがり買うことで、今でも経済は回っている。 だから、「幸福」は画一的であるほうが、経済効率がいい。 なるほど。 そうであるとは言え。 秋葉原事件を思い出すと、いまだに、正社員=「幸福」、派遣社員=「不幸」、というような画一的なイメージを大量に、しかも一生懸命垂れ流しているメディアの罪は、深い、というしかない。 「幸福」のイメージが貧困な人々(と言えば、不正確だが、レトリック的につい書いてしまった)によって、日々、貧困な「幸福」のイメージが再生産されているのだ。


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