大阪地特捜部検事による証拠改ざん事件は、はたしてどのような着地の仕方になるのだろう。 とても気になるところだが、今回の事件で、権力を持った組織による犯罪(あるいは、権力を持った組織の中の個人による犯罪)が1つのテーマ(ジャンル)として、多くの人に認知されたことはよかったと思う。 そこで、今の日本で、暴走や腐敗を監視すべき組織にはどういったものがあるか、つらつらと考えてみた。 とりあえず以下の5つが思い浮かんだ。 1.官僚機構 2.検察・警察 3.巨大広告代理店 4.地下鉄サリン事件を起こしたオウムのような宗教団体(政治団体) 5.マスコミ (4.の「(かつての)オウムのような宗教団体(政治団体)」が今の日本に存在するのかどうかは知らないが、もしすでにどこかに存在しているとすれば、大変なことだろう。) これまで、1の官僚機構については常にマスコミに取り上げられ話題になってきたが、その他はほとんど取り上げられることがなかった。 なぜだろうと考えるに、要するに、2以下はすべてマスコミ(とりわけテレビ)が取り上げることができないからだろうと思う。 それどころか、上記の組織に積極的に利用されることによって、テレビは視聴率を稼いできた。 たとえば、村木元局長が逮捕されたときには、あるテレビ局は、検察側のストーリーをイメージで補強するように、村木局長がどれだけ強引な人だったかを証言する関係者のインタビューを放送していた。 また、小沢氏の政治とカネの問題では、「天の声」のことを繰り返し繰り返し報じたが、秘書の裁判では検察の主張はしりぞけられている。 検察は、リークを小出しにして、テレビで日々報道させることによって、国民のイメージ(つまり「世論」)を自分たちのストーリーの方へ誘導しようとしているように見える。 イメージ(「世論」)を誘導できれば、裁判官の心象心証に影響を与えられるので、証拠が弱くても供述だけで裁判はなんとかなる、ということを、おそらく何かの時に学習したのだろう。 (裁判官をイメージでコントロールできると見切っているとしか思えないし、実際にコントロールされる裁判官がいるのかもしれない。 また、リークの内容がたとえ事実と異なっていようと、裁判ではとうてい受け入れられないものであろうとも、マスコミは決して後で訂正しないので、ノープロブレムだ。) このことが結果として、今回の大阪地検特捜部の事件の背景にあるようにも思える。 この検察の手法は、さほど売れてもいない商品やタレントを、テレビ番組のコーナーやニュースでものすごく売れているかのように取り上げさせることで、結果的に利益につなげていこうとする巨大広告代理店のやり方と同じだ。 こういった巨大広告代理店のやり方は、正直もううんざりだし、検察のリークを検証もなく垂れ流すマスコミを見るにつけ、「どこまでかっこわるいんだ」、と思うばかりだ。 このテーマに関して書きたいことは山ほどあるが、書くのに飽きてきたので、今日はここまで。 以上、個人的なメモ。
証拠改竄より証拠ねつ造の方が簡単だ
昨日、押尾裁判に関して検察を批判するメモを書いたばかりだが、今日、郵便不正事件の大阪地検主任検事が証拠を改竄したとして逮捕された。 昨日は「意図的でないなら無能、意図的なら悪質」と厳しい言葉を使いながらも、それなりに検察に対して気を使ってみたのだが、気を使った分、今日となってはなんだか間抜けな印象の文になってしまった。 これは検察だけのことではないが、証拠を改竄するよりねつ造する方が、はるかに簡単だろうと思う。 たとえば現場で指揮する人間が、狂信的な政治団体等のような何らかの集団・グループを利用すれば、証拠はわりと簡単にねつ造できるだろう。 大阪地検の主任検事が逮捕されたように、これはむろん完全な犯罪である。 また、この人間に協力して何らかの行動をとった人間は、完全な犯罪者である。 この手のトリックは当事者には完全犯罪のように見えるだろうが、実のとろこ必ずいろいろなところで情報が漏れてしまっているものだ。 こういう話はあまりにも単純すぎて、小説やドラマとしては面白くないかもしれない。 しかしもし現実にこういうことがあるなら(あるいは、昔からあるのかもしれない)、それは個人の資質の問題というより、組織全体の問題になってくるだろう。
「検察って優秀でフェアな機関じゃなかったの?」と押尾裁判の報道を見て思った
もともと押尾裁判にはまったく興味がなかったのだが、マスコミがあまりにも頻繁に取り上げるので、どうしても目に入ってきてしまった。 で、報道を見ていたら、検察がある重大なミス(検察の中の人たちは気づいていないかもしれないある重大なミス)を犯していることに気が付いた。 それは救命の可能性をめぐる双方の証人の対立した証言だ。 内容をまとめるのが面倒くさいので、ネットのmsnの産経ニュースのタイトルを引用すると、「「病院なら100%、救急隊が駆け付けていれば9割近い」医師は高い救命率を提示」。 これが検察側。 この証言はまさに押尾被告の保護責任者遺棄致死罪を成立させるネックとなるものなので、テレビが専門家の証言として大々的に報じた。 しかし、その翌日(たぶん)の弁護側の証人の専門家の医師は、同じくmsn産経ニュースのタイトルを引用すると、「『助かる可能性低い』と説明しなければ」出廷理由明かす医師」。 以下msn産経ニュースより引用。 裁判長「非常にうかがいづらいことなのですが、検察側請求の医師についての中毒症状の知識はどう思われますか」 証人「救命救急については詳しいと思いますが、中毒に関しては造詣が深いということではないと思います」 《証人は恐縮するようなそぶりを見せながら、検察側請求の証人として出廷した医師の専門性を疑問視する回答をした》」(引用ここまで) ということで、この弁護側の医師の証言も前日の証言との関係でテレビにより専門家の意見として大々的に報じられてしまった。 で、視聴者は、「専門家の意見も大きく違うんだな」、と思うと同時に、「検察は異なる意見の専門家に意見を聞かなかったのだろうか?」と思ったのではないか? 「裁判で専門家からこれほど異なる意見が出る事柄について、検察はなぜもっとちゃんと調べなかったのだろう?」というのが、視聴者が抱く素朴な疑問だろう。 もし意図的でないとしたら、「検察ってこういうことをちゃんと調べられないほど無能なの?」ということになるし、意図的だとしたら、「検察って自分たちの主張に都合の良い証人の意見しか聞かないほど汚いの?悪質なの?」ということに、誰がどう考えてもなってしまう。 「検察なんてもともとそういうものだろう」という人たちは当然いるのかもしれないが、多くの人間は、検察は優秀な人の集まりだと思っている(た)し、法律に基づいて誰に対してもフェアに接する組織だと思っている(た)。 あるいは、そうであるべきだ、と思っている。 だから、上記のようなことがテレビで、とりわけワイドショーなどで大々的に報じられると、「えー、検察ってそうなのー? 案外信用できなーい」ということに、必然的になってしまう。 かつて「演出×ねつ造」問題で、テレビ制作者がことの重大性になかなか気付かなかったように、検察もまた、このことの重大性に案外気づいていないのかもしれない。
お店やさん
自分は中学1・2年の時、諸事情のため、親元を離れ祖父母の家に住んでいた。 祖父母の家は近代的なスーパーのはしりのような、お菓子も野菜も肉も魚も日用雑貨も売っているお店屋さんだった。 店をきりもりしていたのは祖母で、いつも忙しそうに働いていた。 自分は祖母に、店にあるお菓子は何でもとってきて食べていい、と言われていたから、今思えば相当甘やかされていたと思う。 そう言えばもっと子供のころは、祖父母の家のことをただ「みせ」と言っていた。 「今度の休みにみせに行く」と言えば、祖父母の家に遊びに行くということだった。 みせの前にはガチャガチャや自動販売機が並び、学校帰りの小学生が寄り道し、わいわい騒いでいたりした。 夕方にはたくさんの買い物客で賑わった。 自分はお店屋さん独特のあの活気がとても好きだった。 当時はちょうど音楽に興味を持ち始め、ステレオを買ったり、フォークギターをひき始めたころだった。 文庫本も読み始めた。 自分のギターはモーリスで、それは、かまやつひろし(ムッシュ)がラジオでやっていた「モーリス持てば、スーパースターも夢じゃない」(たぶん)というCMに影響されて買ったものだった。 初めて買ったレコードはよしだたくろうの2枚組のLP「イメージの詩」(?)だった。 (LPのタイトルは「イメージの詩」ではなく「青春の詩」だったかもしれない。たぶん2枚組だったと思う。レコード会社はエレックレコードだったはずだ。) 初めて読んだ文庫本は北杜夫の「船乗りクプクプの冒険」だった。 自分は「船乗りクプクプの冒険」を読んだとき、最初から最後まで「クプクプ」を「プクプク」と間違えて読んでいた。 後で気づいて、自分で笑ってしまった。 あれからどれだけの月日が過ぎたころだろう。 なつかしい。
SuperflyのB面にやられてしまう2
以前「SuperflyのB面にやられてしまう」とメモしたことがあったが、これはむろんA面にはやられないということではない。 9月1日に発売されたシングル(+カバーアルバム)では、4曲のシングル収録曲のすべてにあっさりやられてしまった。 で、このシングル4曲の中でどれがB面かといえば、「Wild Flower」がフジテレビテレビドラマの主題歌、「Roll Over The Rainbow」が「お台場合衆国2010」のテーマソング、「タマシイレボリューション」がNHKのサッカー番組テーマ曲、ということを抜きにしても、誰がどう考えても「Free Planet」だろうと思う。 (と書いた後で気づいたが、「Free Planet」はSony EricssonのCM曲だった。) Wildflower & Cover Songs;Complete Best ‘TRACK 3′(初回限定盤) 事実、シングルとしてはダウンロード販売されていないようだ。 販売されていた(つい調べないで書いてしまった。iTunes Storeでは9月8日に発売されたようだ)。 などと、実はどうでもいい事実をだらだらと書いてしまったが、要するにただ「Superflyのライブに行きたい」と言いたかっただけなのだった。
菅首相のイメージが青島都知事とだぶってしまう
自分はもともと決して菅さんに批判的な人間ではないし、むしろどちらかと言えば内心応援してきた人間の一人だと言えるかもしれない。 しかしその自分から見て、今の菅さんは、首相就任3カ月で、官僚にすっかり手なずけられてしまったように見える。 実際どうなのかはもちろんわからないのだが、残念なことにそう見えてしまう。 菅首相のイメージがかつての青島幸男都知事とだぶってしまうのだ。 青島幸男氏については、Wikipediaに次のような記述がある。 「(略)政治家としても、高い人気を誇った。(中略)しかしながら、都知事時代はめぼしい業績を残さなかったことや世界都市博覧会中止以外の公約を反故にしたことにより、そのカリスマ性も薄れ、都知事退任後、選挙に出馬するも落選する。」 むろんこれは、あくまでも個人的な印象にすぎない。


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