テレビがひどいことになっている

もろもろ準備のために、このところこのブログを更新できていなかったのだが、あまりにテレビがひどいことになっているようなので、メモってみる。 「日テレ系列の福岡放送がTwitterで韓流批判をした高岡蒼甫を『人種差別主義者』と痛烈に批判」(痛いニュース) 高岡蒼甫(さん)という若手俳優は、宮崎おあい(さん)の夫で、韓流ばかり放送するフジテレビをTwitterで批判したことで、事務所を辞めることになったらしい。 その高岡さんをいくつかの地方テレビ局がたたいているようだ。 「韓流を批判したらこういうことになるぞ」という芸能人に対する脅し(見せしめ)のように見えなくもない。 これはどこからお金が出ているのだろうか? ・・・・・・ それにしても、「人種差別主義者」はないだろう。 「ある意味、人種差別主義者というレッテルを貼られる。 イメージが悪いから復帰は無理」という発言らしいが、この発言自体に、テレビを通じて「人種差別主義者」というレッテルを貼ろうとする意図が見え見えであり、この発言をした人間のイメージがありえないほど悪い。 この発言をした人間は、バカなのか。 実際のところバカそのものだったのか、 それとも広告代理店からそういう言葉を使うように指示があったのか? BPOにきちんと調べてほしいところだ。

YouTubeの「Superfly」の検索結果がなんかおかしい

昨日Superflyのすばらしいニューシングル「Beep!! / SunshineSunshine」が発売されたばかりだが、YouTubeでの「Superfly」の検索結果がどうもおかしい。 今現在、Superflyの新曲「Beep!!」はWarnerMusicJapanから公式に公開されている。 その再生回数は8万回を超えており、高評価230以上だ。 コメントが許可されているので、ファンの熱いコメントもたくさんついている。 昨日までは、「Superfly」で検索すると、この公式ビデオがトップページに表示されていた。 ところが、さっき検索してみたら、tpfyflという個人が投稿した再生回数1万4000回のビデオがトップページに表示されるようになっていた。 tpfyflの投稿ビデオ数はこのビデオ1本だけである。 にもかかわらずチャンネル登録者がすでに73人もいるというのはどういうことだう。 その上、公式ビデオの方は、どういうわけか検索結果に上がってこない。 再生回数8万回の公式ビデオより、再生回数1万4000回のコピービデオが検索結果のトップにくるなんて、変じゃないか??? またまたどこぞの広告会社が、たとえばおとくいの韓国のネットマーケティング会社(K-POPの再生回数水増し担当)などを使って、なんらかのネガティブな意図でYouTubeの検索結果を操作しているのではないか(Yahoo!の検索ランキング結果を宣伝目的でよく操作するように)???、と疑いたくなってきた。 基本的に彼らは、「売れているから売れる」(だから、あらゆる手段を使って、売れているように見せかける)というプロモーションしかできないから。 まあ、これは、あくまでも個人的な疑いであり、いわば「とんでもメモ」のひとつである。 それにしても、Superflyの新曲はどれもすばらしい。 個人的には、Superflyは日本開闢以来最高の女性シンガーだろう、と思う。

暴走と腐敗を監視すべき5つの組織

大阪地特捜部検事による証拠改ざん事件は、はたしてどのような着地の仕方になるのだろう。 とても気になるところだが、今回の事件で、権力を持った組織による犯罪(あるいは、権力を持った組織の中の個人による犯罪)が1つのテーマ(ジャンル)として、多くの人に認知されたことはよかったと思う。 そこで、今の日本で、暴走や腐敗を監視すべき組織にはどういったものがあるか、つらつらと考えてみた。 とりあえず以下の5つが思い浮かんだ。 1.官僚機構 2.検察・警察 3.巨大広告代理店 4.地下鉄サリン事件を起こしたオウムのような宗教団体(政治団体) 5.マスコミ (4.の「(かつての)オウムのような宗教団体(政治団体)」が今の日本に存在するのかどうかは知らないが、もしすでにどこかに存在しているとすれば、大変なことだろう。) これまで、1の官僚機構については常にマスコミに取り上げられ話題になってきたが、その他はほとんど取り上げられることがなかった。 なぜだろうと考えるに、要するに、2以下はすべてマスコミ(とりわけテレビ)が取り上げることができないからだろうと思う。 それどころか、上記の組織に積極的に利用されることによって、テレビは視聴率を稼いできた。 たとえば、村木元局長が逮捕されたときには、あるテレビ局は、検察側のストーリーをイメージで補強するように、村木局長がどれだけ強引な人だったかを証言する関係者のインタビューを放送していた。 また、小沢氏の政治とカネの問題では、「天の声」のことを繰り返し繰り返し報じたが、秘書の裁判では検察の主張はしりぞけられている。 検察は、リークを小出しにして、テレビで日々報道させることによって、国民のイメージ(つまり「世論」)を自分たちのストーリーの方へ誘導しようとしているように見える。 イメージ(「世論」)を誘導できれば、裁判官の心象心証に影響を与えられるので、証拠が弱くても供述だけで裁判はなんとかなる、ということを、おそらく何かの時に学習したのだろう。 (裁判官をイメージでコントロールできると見切っているとしか思えないし、実際にコントロールされる裁判官がいるのかもしれない。 また、リークの内容がたとえ事実と異なっていようと、裁判ではとうてい受け入れられないものであろうとも、マスコミは決して後で訂正しないので、ノープロブレムだ。) このことが結果として、今回の大阪地検特捜部の事件の背景にあるようにも思える。 この検察の手法は、さほど売れてもいない商品やタレントを、テレビ番組のコーナーやニュースでものすごく売れているかのように取り上げさせることで、結果的に利益につなげていこうとする巨大広告代理店のやり方と同じだ。 こういった巨大広告代理店のやり方は、正直もううんざりだし、検察のリークを検証もなく垂れ流すマスコミを見るにつけ、「どこまでかっこわるいんだ」、と思うばかりだ。 このテーマに関して書きたいことは山ほどあるが、書くのに飽きてきたので、今日はここまで。 以上、個人的なメモ。

「検察って優秀でフェアな機関じゃなかったの?」と押尾裁判の報道を見て思った

もともと押尾裁判にはまったく興味がなかったのだが、マスコミがあまりにも頻繁に取り上げるので、どうしても目に入ってきてしまった。 で、報道を見ていたら、検察がある重大なミス(検察の中の人たちは気づいていないかもしれないある重大なミス)を犯していることに気が付いた。 それは救命の可能性をめぐる双方の証人の対立した証言だ。 内容をまとめるのが面倒くさいので、ネットのmsnの産経ニュースのタイトルを引用すると、「「病院なら100%、救急隊が駆け付けていれば9割近い」医師は高い救命率を提示」。 これが検察側。 この証言はまさに押尾被告の保護責任者遺棄致死罪を成立させるネックとなるものなので、テレビが専門家の証言として大々的に報じた。 しかし、その翌日(たぶん)の弁護側の証人の専門家の医師は、同じくmsn産経ニュースのタイトルを引用すると、「『助かる可能性低い』と説明しなければ」出廷理由明かす医師」。 以下msn産経ニュースより引用。 裁判長「非常にうかがいづらいことなのですが、検察側請求の医師についての中毒症状の知識はどう思われますか」 証人「救命救急については詳しいと思いますが、中毒に関しては造詣が深いということではないと思います」 《証人は恐縮するようなそぶりを見せながら、検察側請求の証人として出廷した医師の専門性を疑問視する回答をした》」(引用ここまで) ということで、この弁護側の医師の証言も前日の証言との関係でテレビにより専門家の意見として大々的に報じられてしまった。 で、視聴者は、「専門家の意見も大きく違うんだな」、と思うと同時に、「検察は異なる意見の専門家に意見を聞かなかったのだろうか?」と思ったのではないか? 「裁判で専門家からこれほど異なる意見が出る事柄について、検察はなぜもっとちゃんと調べなかったのだろう?」というのが、視聴者が抱く素朴な疑問だろう。 もし意図的でないとしたら、「検察ってこういうことをちゃんと調べられないほど無能なの?」ということになるし、意図的だとしたら、「検察って自分たちの主張に都合の良い証人の意見しか聞かないほど汚いの?悪質なの?」ということに、誰がどう考えてもなってしまう。 「検察なんてもともとそういうものだろう」という人たちは当然いるのかもしれないが、多くの人間は、検察は優秀な人の集まりだと思っている(た)し、法律に基づいて誰に対してもフェアに接する組織だと思っている(た)。 あるいは、そうであるべきだ、と思っている。 だから、上記のようなことがテレビで、とりわけワイドショーなどで大々的に報じられると、「えー、検察ってそうなのー? 案外信用できなーい」ということに、必然的になってしまう。 かつて「演出×ねつ造」問題で、テレビ制作者がことの重大性になかなか気付かなかったように、検察もまた、このことの重大性に案外気づいていないのかもしれない。

テレ朝「サンデーフロントライン」の報道に大事な事実が欠けていた

今日のテレ朝「サンデーフロントライン」で阿久根の問題を取り上げていた。 自分は部外者だからよくは知らないが、よく知らない人間でも知っているある大事な事実が伝えられていなかった。 それは、市議会が市長の不信任案に反対した(不信任案を否決した)という事実だ。 この大事な事実を伝えなければ、市長の話や副市長の言う「不条理」の意味が視聴者に伝わらない。 民主主義を成立させるために、これは絶対に伝えなければならない事実だろう。 この事実を伝えるに値しないと判断する人間に、民主主義を語る資格はないのではないか。 伝えなかったことが意図的だとすれば、あまりにも悪質だし、伝えるに値しないと判断したとすれば、あまりにも無能である。 少なくとも、ワイドショー的な「はじめに答えありき」のバカっぽい報道を、この時間帯のテレ朝に誰も期待していないはずだ。 (と書いたが、ふだんほとんど見ていないのだが・・・。) 注)いつもの暴論です。

「八百屋の経営も難しい」

JALのニュースに驚いた。 「会社更生手続き中の日本航空(JAL)の稲盛和夫会長は17日、「社内に商売人感覚や企業家精神をもった人があまりに少ない」と指摘。」(ロイター) 「役員など幹部は「損益ベースに考える人があまりにも少なく、今の考え方では八百屋の経営も難しい」という。」(同) 「八百屋の経営も難しい」役員・幹部がほとんどの会社に、国はこれまでどれだけお金をつぎ込んだのだろうか? それなりに繁盛している八百屋さんにお金を渡して経営してもらった方がよかったのではないのか? マスコミは取り上げないが、ネットでは2008年の第三者割当増資について粉飾決算説が取りざたされているし・・・。

「日本の産業を巡る現状と課題」by経済産業省

最近ちまたで話題になっている経済産業省作成の資料がこちらのブログで紹介されていた。 経済学101「日本経済の現状」 元の資料はこちら↓ 「日本の産業を巡る現状と課題」(経済産業省)(PDF) こういった数字を見ると、ちょっと悲しくなってしまう。 「いつのまに・・・」 というのが、多くの人の感想ではないだろうか。 つくづく、日本はこれからどうするんだろう?、と思う。 (どうなるんだろう?、ではなくて。)

ホワイトハウスのWebサイトがDrupalを使っていた

2010年最初の驚きは、ホワイトハウスの公式WebサイトがDrupalを使っていることだった。 www.whitehouse.gov 新年初驚きだ。 (昨年10月後半のニュースだが、恥ずかしながら今日初めて知った次第。) アメリカはもうだめかと思っていたが、政府のサイトにオープンソースのCMSを採用する柔軟さ、というか一種の見識は、まだまだ捨てたものではない。 考えてみれば、Googleを生み出した国だった。 もう少しいけるのかもしれない。 日本はどうだろう? P.S. 新年明けましておめでとうございます。 2010年正月

キムヨナのテレビ露出をマネージメントしている会社はどこなんだ???

以下は場末(というか辺境)のブログを運営している一テレビ視聴者のつぶやきである。 昨日とあるスポーツニュース番組を見ていたら、 不調に苦しんでいた浅田真央選手が全日本選手権に見事に復活優勝し、オリンピック代表に選ばれたとても喜ばしい日だというのに、 わざわざ韓国代表のキムヨナをヒロインのようにフィーチャーしているコーナーがあった。 もちろんキムヨナ選手がすばらしい選手であることは間違いないわけだが、 キムヨナ選手のコーナーを浅田真央選手の優勝の日にぶつけてくる(というか、ねじこんでくる)このやり口は、何なんだろう??? ちょっとうんざり、というか、正直うざい、というか・・・。 あまりのうざさにチャンネルを変えてしまったので、番組的にも問題ではないか。 少なくとも、キムヨナ選手のイメージにとっては、120パーセントマイナスだろう。 一視聴者にこんなことをつぶやかれるようになったら、広告会社も終わりだなー、 と、思ったしだい。

印鑑を他人に勝手に押されるのは嫌なものだ、という話

今日ゆうパックの配達があり、たまたま自分以外誰もいなかったので、自分が対応した。 配達の人に「印鑑を準備して」と言われたので、印鑑を持っていったところ、その人が手を差し伸べるのでつい印鑑を渡してしまった。 で、その人が配達用紙か何かに印鑑を押したのだが、左手に紙を持って右手で左の手のひらに押し付けるようにしてぎゅっと押印したために、何の紙なのか分からなかった。 むろん配達用紙なのだろうが、自分で確認できなかったのでとても嫌な感じがした。 もしあの紙が配達用紙ではなく、何か重要な書類だったら? 印鑑が自分の知らないところで悪用されることにもなりかねない。 配達の人は配達用紙を提示したうえで、本人に印鑑を押させるべきだろう。 そういうことも、ひとつの「サービス」なのだと思う。 P.S. これはミステリーのネタになるのでは・・・。

「プラウド新宿御苑エンパイア」即完売

平均1億3千万円、「プラウド新宿御苑エンパイア」即完売(YUCASEE MEDIA) 「即完売」。 自民党から民主党へ政権交代が実現したが、制度をどんなに変えても(いじっても)、年収200万の人間が年収1億円になることはない。 年収220万になることはあるにしても。 (1億3千万のマンションを買うのに年収1億は必要ないが、そんな些細なことは置いといて。) 資本主義社会は「二つの世界」で構成されている。 いい悪いは別にして。

公務員ワーキングプアを解決するたった一つの式

昨日たまたまニュースステーションを見たら、ちょうど「公務員ワーキングプア」をレポートしているところだった。 ワーキングプアの「公務員」が増えているらしい。 具体的な数字は覚えていないが、たとえば、 年収600万円の正規職員が6割、年収200万円の非正規職員が4割、 というような感じだ。 (繰り返すが、具体的数字は適当である。) このワーキングプア問題を解決するにはどうすればいいか? おそらく、番組を見ていたほとんどの人が思っただろうが、 方法は究極的にひとつしかない。 それは次の式で表せる。 (600万 × 6 + 200万 × 4) ÷ 10 = 440万 一人一人の年収を440万円にすることで、極端に年収の低い職員はいなくなる。 440万では少なすぎると言うならば、その分の予算をどこかで確保しなければならない。 自治体の予算は決まっているから、他の分野の予算を減らせなければ、税金を上げるしかないだろう。 上記の式は公務員だけではなく、すべての民間企業でもあてはまる。 (正社員の年収 × 正社員の人数 + 非正社員の年収 × 非正社員の人数) ÷ (正社員と非正社員の人数の和) = その企業の社員の適正年収 つまり、非正社員の給料を上げるためには、その分、正社員の給料を下げなければならない。 むろん、企業の収益が増えれば、正社員の給料を減らすことなく非正社員の給料を上げることができるが、多くの企業でそれが可能になるためには、中国のような経済成長が必要だ。 だから、事実上、今の日本では不可能なのだ。 PS 本当の意味でワーキングプアの問題を解決するには、上記の公式を一企業の中でだけではなく、業界全体にも当てはめなければならないだろう。 業務を下請けの会社に出すことで、格差を見えにくくすることができるからだ。 たとえば、テレビ業界。 民法キー局の正社員の年収が1500万、 下請けプロダクションの社員の年収が400万、 とした場合。 (同じ番組の制作にかかわりながら、所得に倍以上の差があることを異常だと感じる人も世の中にはいるだろう。) 上記の式を当てはめるとこうなる。 (1500万 × キー局社員の人数 + 400万 × 下請け社員の人数) [...]

自動化の必要性

あれこれやろうとすると、どうしても仕事を自動化する必要が出てくる。 自動化というと、昔はどこか非人間的な感じがしていたが、今はむしろ人間的であるためにこそ、可能なところは自動化すべきなのだと思うようになった。 考えてみれば、仕事を人にやってもらうことも、一種の自動化だ。 個人的には、ほぼすべてのことを自動化してしまいたい気がする。 以上、今日のメモ。

次の資本主義

松藤民輔氏の「超・投資勉強法」を読んでみた。 (以前「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」を読んだことがあった。) 松藤氏は書いている。 「どんな分野でも、人に「一人前」と評価されるには、少なくとも500時間の勉強が必須ではなかろうか。(中略) プロフェッショナルと認められるにはざっと5000~1万時間は勉強しなければならないと思う。」 500時間・・・。 たった? 500時間なら1日に10時間勉強すれば、50日で達成できてしまう。 仕事を持っている人には無理だが、大学生なら一度の夏休みで完了だ。 1日5時間勉強して、3年で5000時間、6年で1万時間。 氏の考えに従えば、うまくいけば、3年でプロフェッショナルになれることになる。 ちょっと少なすぎるのでは、という気もするが、投資に面白さを感じない人は1日5時間の勉強を到底続けられないだろうし、投資が面白くてしょうがない人は、5時間勉強しても勉強した気がしないだろう。 自分が面白いと感じることは勉強自体が一種の遊びだ。 他人からは努力しているように見えるが、当人は楽しんでいるだけである。 以下、いつもの暴論。 雇用されずに生きていける人間は、できるだけ雇用されずに生きていくべきだと思う。 なぜならそれにより1人分の雇用枠を他人に譲ることができるからだ。 「働かざるもの、食うべからず」という言葉があるが、これからは、「働かざるとも食えるもの、働くべからず」である。 投資で生きていけるというのは、一つの理想だ。 しかし、少子高齢化が進む先進国が豊かであり続けるためには「働かざるとも食えるもの」を増やしていくしかない。 「働かざるとも食えるもの」が働くことは、非道徳的であり悪である。 次の資本主義が目指すべき場所は、そこだと思う。 (景気が良くなって人手が足りなくなったらどうするのだ、という意見があるだろうが、世界には生きていくことができないほど貧しい人々がたくさんいる。 国境という壁を越えて、彼らに雇用枠を提供すれば、貧困の解決に役立つ。 むろんそのためには教育が必須だが、教育産業を充実させること自体が新たな雇用を生むことになる。 また、人手が足りなくなれば、その分賃金は上がる。 さらに、賃金を資本化するしくみによって、誰もが「働かざるとも食えるもの」になれる道筋が確保されていることが重要であることは、言うまでもない。)

テンプレートジャーナリズムの落日2

朝日新聞襲撃事件の実行犯を名乗っていた人物が、週刊新潮の手記の内容を否定したのだとか。 朝日襲撃「実行犯」が新潮連載の手記を否定 文春や各紙報じる 最近、週刊誌ジャーナリズム(というかメディア)の信頼性を揺るがす出来事が続いている。 おそらく現場の人たちは、第三者から見たら一目瞭然のある重大なことに気づいていないのだろう。 自分たちが様々な組織に利用されるだけの存在に堕していることに。 これはNHKのニュースでも同じだ。 情報に対してパブロフの犬的な反応しかできない、とすっかり見切られているわけだ。 利用する側にとって、これほど利用しやすい存在はない。 利用しようとする側にはそうせざるを得ない後ろ暗い何か(理由)があるものだ。 利用されるふりをして、それを暴く程度の芸があってもよさそうだが。

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