志布志事件関連メモ

こちらのブログに次のような記事があった。 「志布志冤罪事件オールスターズ」 古い記事だが、備忘のためにメモしておく。    

志布志事件がちょっと進展した

このブログではこれまで何回か志布志事件をテーマにしてきたが、この事件に少し進展があったようだ。 「国家賠償請求訴訟で、鹿児島地裁が国に捜査記録の任意提出を促した文書送付嘱託について、(中略)、国が原告の供述調書を提出したことを明らかにした。」(南日本新聞4月16日) 提出されたのは、「検察官調書約1600枚」。 一方で、 「弁護団は情報公開法に基づき、県に当時の県警本部長の捜査指揮簿と志布志署長の文書提出を求めている」が、「地裁の文書送付嘱託に対し、県は昨年12月、『提出できない』と回答していた」という。 国(検察)が提出に応じたのだから、県(鹿児島県警)も応じて当然だろう。 提出した方が、事実が明らかになりのだから、県警にとってもメリットになるはずだ。 何かまずいことがある、というわけではないだろう。 あるのだろうか? はっきりしておかなければならないのは、冤罪が確定した今、「志布志事件」は「鹿児島県警が引き起こした事件」なのであり、少々比喩的に表現すれば、県というか県警は今、被告として裁判にかけられている、というこだ。

残念な話

そういえば先日法務局に行ったとき、駅で警官が何やらエロ話をしていた。 実際にはエロ話だったのかどうかはよくわからないが、駅の改札の前で、向き合って立った片方の警官が、もう一方の警官に、いかにもいやらしそうににやにやしながら何か話しかけていた。 はたから見ると、どう見ても若い警官がエロ話をしているようにしか見えなかった。 (駅だからビデオが残されていれば、おそらく確認できるだろう。) 若いからしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないが、APECの前の大切なときに、こんなのでよかったのだろうか。 鹿児島の玄関ともいえる場所で、これはさすがにまずいだろうと思う。 この警官の上司の監督能力が著しく劣っているのだろうか。 いくら田舎とはいえ、残念なことである。

古い組織の終わりの始まり

2日連続同じようなニュースが新聞に載っていた。 「不正経理は総額14億円 神奈川県警」(2月6日) 「千葉県警 不正押印、部下に命令 5億7000万円ずさん経理」(2月7日) 神奈川県警はかつて不祥事で国民から大非難を浴びたところだし、千葉県警は「(千葉)県庁職員3人を公金の詐欺容疑で逮捕した」ところだ。 確かに昔はこういうことにかなりルーズだったのだろう。 しかし、この20年くらいの間に、世間的には相当に厳しくなった。 その過程の中で、きちんとやらなければならないという正当な意見が当然あっただろうが、「まあいいじゃないか」という非正当な意見の人間の方が、組織の中で力を持っていったのだろう。 「「勉強のため」と称し、不正経理の書類に印鑑を押すよう会計担当者が部下に命じたり」して、まじめな人間を不正なやり方に巻き込んでいき抜けられなくするのは、犯罪組織の典型的なやり口と同じではないか。 ここ20年ほど(?)の犯罪検挙率の異常な低下は、こういったこととおそらく無縁ではない。 「(神奈川)県警は「幹部の関与はない」としたが、幹部は聴取しておらず、調査手法に疑問を残した形だ」とか。 例によって、「はあ?」だ。 組織の中にいて不正や悪を平気で行う人間は「それが世の常だ」とか「大人であるとはそういうことだ」などと恥ずかしげもなくバカをさらして言うものだが、「笑わせるなよ」、と、答えるしかない。

志布志事件関連

鹿児島県警が引き起こした志布志事件関連の投稿の今のところのまとめ。 新たにカテゴリー「志布志事件」を作った。 志布志事件の責任者の責任は? 組織のゴミはきちんと処分すべきだろう 鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと 「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪 退職金の返還は当たり前だ こいつら万死に値する あたりまえだ 全国に2度恥をさらした鹿児島県警 続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁 なんだこりゃ その他 もっといろいろ書いたような気がするが思い出せない。 このブログを始めてから3年以上になったが、さすがにいつ何を書いたのかわからなくなってきている。

志布志事件の責任者の責任は?

志布志事件に関する先日の地方新聞の記事『可視化 溝埋まらず』『「小票」提出で攻防 さらに長期化の様相も』等を読んで思った。 無罪住民による国家賠償請求訴訟では、県と国の責任が問われている。 これは当然のことだ。 しかし、組織の実際の「責任者」の責任はどうなっているのだろう??? 少なくとも実際に捜査の指揮を執った、当時の黒健治 志布志警察署長や、磯部一信 警部(捜査主任)の責任はどうなってしまったのだろうか??? (「本部長注意」や「所属長訓戒」程度では、話にならないほどゆるすぎる。) これが民間企業なら、マスコミなどで社長の責任が大々的に問題視され、週刊誌等であることないこと書きまくられるのが世の常なのだが・・・。 警察に関しては実際の責任者の責任を問えない事情が何かあるのだろうか? 制度として実際の責任者の責任が具体的に問われないのなら、組織の権威を私物化し、悪用するやからが出てきても不思議ではない。 どんな組織にも、その手のゴミはいるものだからだ。 むしろ、権威のある組織だからこそ、権威を利用するそういうゴミがはびこりやすい、という部分もあるだろう。 上下関係を利用して、ゴミが部下をコントロールするということもありうる。 民間企業では、ゴミが人間関係を利用して上司になったら、その会社は潰れてしまう。 同業他社との競争に常にさられているからだ。 競争のない組織の場合には、それがない。 だから危険である。 これはもっときちんと問われていい問題だと思う。 (ただ、周りが見えなくなったゴミによって、悪事が露見し、結果、権威が崩壊する、ということは十分ありうる。) 前々から疑問に思っていたことなので、とりあえず記録しておく。 関連記事 組織のゴミはきちんと処分すべきだろう 鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと 「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪 退職金の返還は当たり前だ こいつら万死に値する 全国に2度恥をさらした鹿児島県警 続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁 なんだこりゃ その他

組織のゴミはきちんと処分すべきだろう

このブログを始めてからもうすぐ4年目になろうとしているのだが、 以前自分が書いた内容を覚えていないことがよくある。 それで、何かを書くときには、すでに書いたことかを確認するために、 様々なキーワードでブログ内を検索してみる場合がある。 昔の朝日新聞の記事に「筋金入りの自由主義者」という言葉が出てくるものがあって、 それについて書いたことはなかっただろうか、と検索したら、 鹿児島県警が引き起こした志布志事件の記事がヒットした。 「なんだこりゃ」というタイトルで朝日新聞の記事を引用したものだ。 もう一度引用すると、こんな記事だった。 12人全員の無罪が確定した03年の鹿児島県議選をめぐる公職選挙法違反事件で、捜査を指揮していた県警の警部(56)が違法な取り調べを隠蔽(いんぺい)するために部下に捜査報告書を改ざんさせていた疑いが強いことが7日、朝日新聞が入手した内部文書で分かった。警部の指揮の下で取り調べをしていた警部補(44)は、警部とすりあわせをした上で公判で虚偽の証言をしていたという。その後、県警と鹿児島地検が開いた公判対策のための協議で、検事は「下手に隠すと偽証に問われる」「虚偽公文書作成でやられる」と一連の経緯を問題視。県警側は「矛盾しないように手当てしたい」などと釈明していた。 捜査関係者は「検察が県警と一体となって違法捜査を隠蔽していた」と指摘している。・・・ 検事は「電話をかけた場所に虚偽があることを弁護士が指摘してくれば、下手に隠すと偽証を問われる」「警部が(添削を)証言すると、虚偽公文書作成でやられる」と発言。そのうえで「巡査が法廷に引っ張られて警部と異なる証言をしたら、どうなるか知らない」と突き放した。 県警と検察がやっていたことのあまりのひどさに、つい、 「なんだこりゃ」という感情をそのまま表したタイトルをつけてしまったのだが、 そのために、自分でタイトルを見ても鹿児島県警を取り上げたものだと思い出さなかった。 それで、「鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと」などの県警関連の文を書いたときの「関連記事」に入れられなかった。 思い出せなかったものの、何か他にも色々書いたような気がしたので、とりあえず「その他」としたのだが、 「その他」はもっと他にもある。 つくづく、ブログのタイトルは書いたことが後から自分で分かるものにしておいたほうがいいなと思ったしだい。 それにしても。 志布志事件の捏造は、本当にひどいな。 こういうことをしでかしておきながら、責任者にきちんと責任を取らせることがないわけだから、それは一種の悪しき伝統になっているのかもしれない。 率直に言って、当時の上司を逮捕すべきだ、と思うのは自分だけではないはずだ。 やったことは、犯罪同然のことである。 この組織の中には、自分たちが一公務員であることを忘れているバカ、つまり組織のゴミが確実にいるようだ。 きちんと監視し、記録していく必要があるだろう。

鹿児島県警の最近の不祥事についてつらつらと思うこと

国民の警察に対する信頼を徹底的に損ねた志布志事件のあとも、 鹿児島県警の不祥事がいくつか続いている。 原子力発電所の警備にあたる巡査が勤務中にパトカーの中で淫行した事件や、 巡査部長が勤務中に下着泥棒をした事件だ。 あきれてものがいえない。 これは個人の資質の問題ではなく、組織としての管理の問題だ。 特に重大なのは前者の事件で、巡査の業務が原子力発電所の警備だったことだ。 原子力発電所はテロの標的になりうる施設である。 テロの標的になりうる施設のパトロールが、二人でチームを組んで行うのではなく、一人で行われていたという。 これはいったいどういうわけなのだろうか? 日本の警察でこんなことがありうるのだろうか? 二人でチームを組むと仕事をサボりにくいから一人でいいじゃないか、みたいなゆるゆるの雰囲気があったのだろうか? もちろん二人でチームを組んだとしても、その二人が共謀して仕事をさぼり、口裏を合わせれば、いくらでもさぼれるし、権力を持っているがゆえに悪事もなせるのだが。 原子力発電所は、一度テロに遭い、大事故が起これば、それで終わりである。 街全体が死んでしまう。 今回のニュースを見て、「日本の地方の原発は狙いやすい」「日本でテロを実行するなら地方だ」と考えたテロリストがいたかもしれない。 その情報がテロリストのネットワークを通して、今この瞬間にも世界中に広まっているかもしれない。 そう考えると恐ろしい。 志布志事件という国をゆるがす大失態を起こした後も、こんな不祥事が続いているということは、 鹿児島県警のどこかに大きな病があるのだろう。 あるいは組織の中に組織の規律を守れない不良分子が相当数存在しているのかもしれない。 そういった不良分子が上司に出世して権力を私物化している可能性もある。 そうでなければ、これほど愚かな事件が続くはずがない。 まず組織の中の不良分子(つまり組織のゴミ)をきちんと処分することが、鹿児島県警の喫緊の課題だろう。 そうでなければ、そういった不良分子と関係のない職員までがとばっちりを食い、いずれ処分されることになる。 鹿児島県警大粛清の日が、もうすぐそこまで迫っているのかもしれない。 関連記事 「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪 退職金の返還は当たり前だ こいつら万死に値する 全国に2度恥をさらした鹿児島県警 続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁 その他

「常軌を逸した違法性」:警察の犯罪

先日、踏み字事件で福岡高裁の判決が出た。 《陶山博生裁判長は「常軌を逸した違法性の強いもので、多大な精神的苦痛を与えたばかりか、警察官の取り調べに対する国民の信頼をも大きく損ねた」と厳しく批判した。》(YOMIURI ONLINE) 《陶山裁判長は「許容される説得活動とは言えない。たとえ1回であっても精神的苦痛を与える」と判断。その上で、「家族への親愛の情を踏みにじり、人格を否定した。警察官の取り調べに対する国民の信頼も大きく損ねた」と指摘した。》(YOMIURI ONLINE) 以前南日本新聞に被告は「まじめな人だった」という趣旨の同僚の同情的なことばが紹介されていたことがあったように思う。 他のごく普通の犯罪事件で、被告に対するこのような同情的な意見を、新聞が紹介することがはたしてあるのだろうか、と疑問に思ったものだ。 新聞と県警は仲良しであり、記者に地方独特の身内意識があるように感じた。 組織の中でまじめであることと、社会の中でまじめであることは、実はまったく異なる。 前にも書いたことがあるが、ある評論家の人の名言に「会社の常識は社会の非常識」ということばがある。 今回の事件は、まさにその典型だろう。 被告は組織の中であたりまえだったことを、あたりまえに行っただけではないのか。 それまでにも、同じことを何度もやっていたのではないか。 だから、国民の目から見れば明らかに異常に見える行為に対して、これほどまでに、「えっ???」と思うほどに、違法性の意識が欠如しているのではないか。 とすれば、悪いのは被告ではないかもしれない。 最大の責任は、善悪の区別がつかない人間を作り出し、「まじめな人」として通用させてしまう組織そのものにある。 悲しむべきことに、今回の裁判は、鹿児島県警の「常軌を逸した違法性」を、全国にさらしてしまう結果になっている。 (しかし、なぜ、元同僚の一人ぐらい、被告に「あなたの主張は県警の中では通用しても、世の中では通用しないよ」と諭してあげなかったのだろう?) 最後に書いておくが、志布志事件の時の上司で、現在まだ県警に残っている人物は、すみやかに責任を取り、組織を辞すべきだ。 むろん、退職金を受け取ることは許されない。 いったい何人の、おじさん・おばさん・おじいちゃん・おばあちゃんたちを苦しめたと思っているのだろうか? 結果として犯罪と同等のことをしたのであり、自分の部下を犯罪者にしてしまったのではないか? なぜ人として、きちんと責任を取らないのだ? 本来責任を取らせるべき人間を処分することができない、という、上司や身内にたいするこの甘さ(というか、組織のしくみ)が、現在の警察の最大の問題であり、志布志事件や踏み字事件の温床になっていると感じる。 関連記事 退職金の返還は当たり前だ こいつら万死に値する 全国に2度恥をさらした鹿児島県警 続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ? 志布志事件に関する鹿児島県警のひどい答弁 その他

退職金の返還は当たり前だ

世間が忘れかけてきたころなので、志布志事件について一言。 あれだけのバカな捜査をしたわけだから、当時の上司は当然退職金を返還してしかるべきだろう。 なぜ、返さないのだろうか??? 返さないことを、なぜ県警は許しているのだろうか??? まさか自分たちが何か特別な存在であるかのように勘違いしているわけではあるまい。 (勘違いしているとしたら、失笑ものである)。 また、まだ退職していない当時の上司は、当然警察の職を辞すべきだろう。 自分がやったことに対して責任を取れない人間に、警察の仕事が務まるはずがない。 これは小学生にもわかる理屈だ。 やっていることがままごとすぎる。 責任を取る、という大人としての発想はないのだろうか。 やったことが間違っていたら責任を取る、これは当然の話だろう。 先日の何かのフォーラムでジャーナリストの鳥越俊太郎氏が「もっとレベルを上げなければならない」という趣旨の発言をしていたが、要するに、現状ではレベルが低すぎるということだろう。 程度の低さが日本全国に知れわたっていることになる。 組織うんぬんの問題ではない。 人間としての問題だ。 県警は人としての善悪がわからない幼児の集まりなのだろか? そんなことはないはずだ。 (もし善悪が分からない正真正銘のバカが警察官だったらいくらなんでもまずすぎる)。 防衛庁の事務次官だった守屋氏は退職金をすべて返した。 直接のきっかけは規律違反が明らかになったことだが、県警の場合にはもっと悪質だった可能性がある。 捜査の実態を捜査上の秘密ということで公にしていないわけだから、実際のところどれだけ違法ななことをやっていたのかわからない。 県警が犯罪を犯していた可能性すらあるわけだし、事実が公にされない以上、誰もその可能性を否定できない。 だからこそ、上司の責任が問われるし、組織うんぬんを超えて人間としての責任をとらなければならないわけだ。 つまり、情報を公にしない組織は、関係者が組織うんぬんを超えて人間としての責任をとることでしか、その組織の信頼性は維持できないのだ。 これからは、在職中にバカなことをした公務員は、退職した後にそれが発覚した場合も、退職金はすべて返さなければならないということになっていくだろう。 当然の流れだと思う。 ちょうしにのって逸脱した人間(つまり、バカ)は、どんな組織に属していようとも、徹底的に責任を取らなければならない。 とりわけ、自分たちのことを何でもできるかのように勘違いしている正真正銘のバカのいる組織の場合はそうである。 というか、まずその組織の中の人間が、そういうバカを組織から徹底して排除するべきだろう。 たとえそれが上司であったとしてもだ。

こいつら万死に値する

[志布志事件]国と県に550万円賠償命令 鹿児島地裁 (毎日新聞) 鹿児島県人として、正直はずかしい。 この組織、やってることが小学校低学年レベルではないのか。 まるで善悪の区別のつかない子供の「ごっこ」である(笑)。 南日本新聞によれば、「捜査機関による接見内容の聴取、調書化のうち一部が組織的に行われた」 とか。 「組織的」とはひどい話だ。 要するに、当時の上司がこの上もなくバカだった、ということだろうか。 よくもまあここまで、鹿児島に恥をかかせてくれたものだ。 それにしても、腹立たしいのは、バカがやったことに対して、なぜ国や県が賠償金を払わなければならないのか、ということだ。 バカがやったことはバカ自身が償うべきだろう。 一鹿児島県人として、ひとこと言わせてもらいたい。 こいつら、万死に値する。

あたりまえだ

「志布志・県議選事件「踏み字」元警部補有罪」(南日本新聞) 当然だ。 そもそも濵田隆広被告が「無罪」を主張した理由が分からない。 この程度のことは鹿児島県警の中では日常茶飯事だった、ということだろうか? もしそうなら、「会社の常識は社会の非常識」と著名な評論家が言っていたが、まさにそのいい例だろう。 この手のことで、いけしゃあしゃあと無罪を主張する精神構造が県警にあるとしたら、組織として、ある意味末期的と言える。 権力を持つがゆえに、自分たちは特別であり皆口が堅いから何をしてもいいと考えるのは、ひとことで言って幼児である。 この組織、ちょっと懲らしめてやる必要があるのではないか(笑)。

全国に2度恥をさらした鹿児島県警

「警察庁:富山冤罪など、ずさん捜査を反省 問題点公表、全国に監督課」(毎日JP) 「警察庁は24日、富山冤罪(えんざい)事件と鹿児島県議選買収(志布志(しぶし))無罪事件について、証拠の裏付け捜査が不足し、長時間、強圧的な取り調べが行われたなどとする報告をまとめた。」 とか。 「志布志事件では、任意の取り調べが、最長で1日約13時間40分あったり、10日間連続行われていた事実を明らかにした。座っての調べに耐えられない人を簡易ベッドに寝かせての調べもあった。さらに、「正直に言わなければ家族も取り調べる」などの言動があり、親族の名前を踏ませた「踏み字行為」も認めた。」 で、「取り調べ適正化指針」を発表したわけだが、これが事件を引き起こした張本人である鹿児島県警が事件後発表した再発防止方針より、はるかに厳しい。 「「取り調べ適正化指針」は、「監督担当課」を捜査部門ではない総務、警務部門に新設することなどを盛り込んだ。監督の対象となる行為は、(1)容疑者の身体に対する接触(2)直接、間接の力の行使(殴ったり、机をたたいて脅すなど)(3)不安を覚えさせ、困惑させる言動(4)一定の動作、姿勢をとるよう強く要求(5)便宜供与をしたり、申し出、約束(6)容疑者の尊厳を害する言動--などを挙げた。」 「さらに全国で約1万1000ある取調室のすべてにのぞき窓を置くことや、深夜や8時間を超える取り調べは、署長らの事前承認を得るとした。」 県警と警察庁の対応のギャップがすごい。 鹿児島県警の人たちには、自分たちが起こした事件の重大性が、まったく理解できていなかったことになる。 この、理解できていない、という状態が、ある意味、あわれなほどである。 本来、「「監督担当課」を捜査部門ではない総務、警務部門に新設すること」などは、当事者である県警が警察庁に率先して実施するべきことだったのではないか? 自分たちがやったことを、まったくもって、客観的に見ることができていない。 「大丈夫?」というのが、率直な感じだ。 結果として、2度、全国に恥をさらしてしまったわけだが、たぶん、そのこと自体、いまだに理解できていないのではないか、という気がする。 藤山雄治本部長の責任は重い。 志布志事件のあと、その対応のいいかげんさで、県警の恥を上塗りした形になってしまったわけだから。

続続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ?

昨日の記事を書いて思った。 誰かが記録に残せないことをしていたり、自分の行動や身元を記録されることを嫌がったり、自分の身元をはっきりと名乗らなかったりする場合、たとえその人間が権威ある組織に属しているとしても、その人間は犯罪にかかわっている(もしくは、よほど悪事をなしている、あるいは自らの大失態を必死になって隠蔽しようとしている)可能性が高い、のではないか。 とりあえず、相手の身元と発言を記録し(場合によっては録音し)、相手が属していると言っている組織に確認をとり、同時に写真を撮っておくことが大切だろう。 相手が正しく身元を名乗っている場合でも、相手が、組織の権威を個人的に利用して悪事を働いている場合などがありうるので、記録しておく必要がある。 もし相手がこれを嫌がったら、正真正銘、あやしい。

続・鹿児島県警「内部調査公文書なし」:はあ?

11月30日の南日本新聞社会面トップ記事。 「志布志・県議選事件『裁判時の主張変わらず』」 「裁判で裁判官に認められなかったということだ」とか。 言い換えると、「裁判官を認めさせるためのの証拠を提出できなかった」ということであり、「捜査を始めたこと自体が誤りだった(あるいは、事件が捏造だった、または、何者かに県警がいいように利用された)」ということだろう。 つまり、「そういう事実はなかったが、県警は正しい」と主張しているわけだ。 お見事!(笑) 裁判なんてそんなものだと、当事者が告白したわけだ。 裁判で勝ったほうが必ずしも正しいわけではない、ということだ。 これは鹿児島県警がかかわる、すべての裁判に適用されるのだろう。 さて。 「無罪判決を受け、県警が行った内部調査の結果を記録した公文書が存在しないことについて、『公判記録で県警の捜査のあり方に関する見解は示している』とした上で、『(刑事企画課新設など)再発防止策をまとめており、調査結果が文書になっていないというのは正確ではない。捜査のあり方については(公判記録で)とりまとめているので、あらためてまとめるのは屋上屋を架すことになる』と述べた」 藤山雄治本部長は本当にこう思っているのだろうか? これで許されると? 屋上がスカスカなので何とかしてくれ、というのが県民(国民)の痛切な声だと思うが、その声が聞こえないのだろうか? 自分は部下に傘をさしてもらっているから、県民が野ざらしになっていることに気づけないのだろうか? 南日本新聞は「内部調査には、同事件の捜査上の問題点や課題を明確にし記録化することが求められていたのではないか。そうすることが、事件を普遍化し、後々まで生かすことになる」と書いているが、その通りだと思う。 岩井田親美刑事部長の説明が笑える。 内部調査の内容について「公判記録、捜査資料、判決、幹部からの聞き取りなどの確認」とし、「個人的なメモなどは残っているが、組織として保存しているわけではなく必要なくなればその都度破棄している。検討はそういう形で行ってきた」とか。 公務員なのだから、民間企業以上に、きちんと組織として残さなければいけないはずだ。 記録を残さなかったとなれば、「内部調査」という名目の「口裏あわせ」だったのではないか、と疑われても仕方ない。 実際にそうだったのだろうか? 今後は必ず記録を残すべきだろう。 ママゴトじゃないんだから。 国民は公務員に期待している。 とりあえず県警では「再発防止策」をまとめたことになっているらしい。 だとすれば、もし、もう一度、同じようなことがあったら、関係者全員、きちんと責任を取る覚悟はできているのだろう。 もう一度同じことをやれば、この組織は事実上、終わる。 むろん、退職金返納程度ではもはや誰も納得しない。

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.