「シーシュポスの神話」を思い出した

福島第1原発2号機の原子炉圧力容器の温度が再び上昇し始めたらしい。 「2号機圧力容器底部、71度に上昇…原因不明」(Yahoo! YOMIURI ONLINE) 「東京電力は5日、福島第一原子力発電所2号機の原子炉圧力容器底部の温度が2日ごろから再上昇し始めたと発表した。」 (温度計が故障していることを願うばかりだが。) このニュースを見て、ギリシャ神話の「シーシュポスの神話」を思い出した。 「シーシュポスは罰として、タルタロスで巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた(この岩はゼウスが姿を変えたときのものと同じ大きさといわれる)。 シーシュポスがあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される。」(Wikipedia「シーシュポス」) 「シーシュポスの神話」を知ったのは、高校時代に読んだカミュの「シーシュポスの神話」(新潮文庫)だ。 まさかもう出版されていないだろうと思いつつAmazonで検索したら、あった。 シーシュポスの神話 (新潮文庫) てっきり絶版になったと思っていたのだが・・・。 昔の新潮文庫のカミュの表紙カバーはすべて銀色だったと思う。 自分はそのカバーの雰囲気も好きだった。 絶版にはなっていないにしろ、かなり大きな書店の新潮文庫の棚でカミュのコーナーを探したとしても、おそらく、さすがにこれは置いてないのではないか。 Amazonだからこそ、見つかるのだろうと思う。 で、まさかとは思って探してみたが、Amazonにはこれ↓もあった。 革命か反抗か―カミュ=サルトル論争 (新潮文庫) 機会があったら読み返してみようと思う。    

『夢の中でもチャートを見ている』

レバレッジ規制が始まるのは少し残念だが、FXはつくづくすばらしいしくみだと思う。 FXで調子がいいときは、外出する準備をしながらチャートを見ていて、あっと思ってポジションをとり、利確。 外から戻るとすぐさまチャートを見て、あっと思って再びポジションをとり、利確。 超短期トレードなので、こんな感じだ。 自分としては1日24時間チャートを見ていてもいいという気持ちなのだが、「寝ている間は見られないじゃないか」とつっこまれるかもしれない。 そう思ったら、『夢の中でもチャートを見ている』というフレーズがふと浮かび、個人的にえらく気に入ってしまった。 むかし、『南の島の哲学者』というタイトルの本があれば魅かれる、と書いたことがあったのだが(2006年7月)、『夢の中でもチャートを見ている』というフレーズも本のタイトルとしていいかもしれない、と思ったしだい。 世間的には、どちらの本も初版で終わりだろうが・・・。

Amazonで1000日以上100位以内の本3冊

Amazonで本のベストセラーをチェックしていたら、1000日以上100位以内の本が3冊あることに気付いた。 以下3冊。 金持ち父さん貧乏父さん 人を動かす 新装版 7つの習慣―成功には原則があった! 「7つの習慣」は目次を見て、面倒くさそうだったので読んでいないのだが、どうなのだろうか? あと、定期的に「早起き本」がベストセラーになるのはいったい何故なのだろう? 朝5時半起きの習慣で、人生はうまくいく!

こんな時代なので「資本論」を読んでみた

「資本論」を読んでみた。 ただしマンガで。 「資本論」は、学生時代、岩波文庫版を読み始め、途中で見事に挫折した経験がある。 それ以来だ。 元の「資本論」をちゃんと読んでいないので、このマンガがどれだけ「資本論」の核になる思想を反映しているか、残念ながら、わからない。 ただ、気楽に読める本であることは間違いない。 ちなみに、自分は自分の人生で共産主義者になろうと思ったことは、一度もない。 また、ソ連や東欧諸国の崩壊の歴史をリアルタイムで見てきたので、共産主義者になることはこれからもないだろう。 自分にとって共産主義のイメージは、一種の全体主義である。 (全体主義をとてつもなく簡単に言うと、「共産主義は全体主義だ」と主張することが許されない社会である。) 「資本論」に登場する「労働者」は基本的に低賃金で酷使される工場労働者だ。 だから、今の一般的なサラリーマンの人たちが、その「労働者」に自分をどれだけあてはめて考えるかは、おそらくその人によるだろう。 時代背景が大きく異なるから、今のサラリーマンとはまったく違うと思う人もいれば、本質的な部分では同じだ、と考える人もいるはずだ。 どちらにしても、「資本論」的な考え方は、社会のしくみのとらえ方(社会のしくみを考える際の思考の働かせ方、枠組みの立て方)の一つの参考にはなる。

「ソロスの錬金術」ジョージ・ソロス

「イングランド銀行を破産させた男」と呼ばれることもあるジョージ・ソロスの「再帰性理論」を勉強しようと思ったのだが・・・ 新版 ソロスの錬金術 難しい。

庄野潤三さんの世界

作家の庄野潤三さんが亡くなられた(9月21日)。 88歳。 ご冥福をお祈りします。 庄野潤三さんで思い出すのは、かつての朝日新聞の書評だ。 『ピアノの音』(1997年)に対するものだったが、評者(たぶん女性のライターだったと思う)は、 「確かに文章は美しい。 しかし、病気の痛みや死の恐怖がまったく描かれていない。」 と(いうように)、批判的に書いていた。 自分はその批判的な書評(とりわけ上記の部分)を読んで、どうしようもなく『ピアノの音』が読みたくなった。 まず図書館で借りて、その後買った。 批判的な書評によって、自分は庄野さんの作品と出会うことができたわけだ。 『ピアノの音』その他の、庄野さんの晩年の作品(『庭のつるばら』や『うさぎのミミリー』など、老夫婦の日常を日記風に描いたもの)は、タイトルこそ違うが、内容は基本的にどれも同じだ。 もし「文学」というものに、唯一たどり着く場所があるとしたら、それは庄野さんの晩年の世界だと、個人的には思う。 そういえば村上春樹が何かの本で、初期の庄野さんの作品を評価しつつ、最近のものについて、「どうしてそっちへ行っちゃったの?」みたいなことを言っていた。 村上春樹の作品は、巨大な迷宮を果てしなくさまよい、永久にどこへもたどり着くことのない世界だから、村上春樹の対極が庄野さんだったように個人的には思う。 (と書いてはみたが、最近は村上春樹をまったく読んでいない。 というか、小説自体を読んでいない。) 以前ある人が、「文学は『問い』であり、エンターテイメントは『答え』である」と言っていたが、その意味では、村上春樹の作品は典型的に文学だ。 朝日新聞はその後、文芸時評だったか何かの文芸コラムだったかや、新作の書評で、庄野さんの作品をべた褒めしていた。 『ピアノの音』のくだんの書評に対して、「何も分かっていない」という投書が寄せられたのかもしれない。

『美味礼讃』ブリア・サヴァラン

コカコーラダイエットと黒烏龍茶ダイエットを何とかかんとか継続中。 で、昔(学生時代)読んだ『美味礼讃』というフランスの本(1825年出版)に、ダイエットの話が出てきたのを思い出した。 著者はブリア・サヴァラン(1755~1826)。 美味礼讃 (上) (岩波文庫 赤 524-1) 著者は、ダイエット法というのは、どんなに効果的なものであっても、続けられないようなものはだめなのだと書いていた(ように思う)。 まったくそのとおりで、「人間というのは昔も今も変わらないなー」と思ったものだ。 そこで、そもそもダイエットというのはいつ頃から始まったのだろう?と思い、ダイエットの歴史を検索してみたところ、その名も『ダイエットの歴史』という本(海野弘著)に、「一九世紀末に、肥満はいけない、という考えが一般化してきて、ダイエットが登場」した、という記述があるらしい。 あれ? 『美味礼讃』の出版は1825年だから、19世紀初めには「ダイエット」が存在していたことになる。 自分の記憶違いだろうか? (標準体重との関係もあるだろうし、『ダイエットの歴史』の場合には、社会的に強制されるダイエットを論じているのだろう。) 『美味礼讃』は現代人が読むと究極の暇つぶし本と言えるので(一種の哲学書であるがゆえ)、そのうち機会があったら読み返してみようと思う。 *9月21日一部訂正。

「TOKYO STYLE」都築響一

「写真と文」の名作の一つ。 基本は完全な写真集なのだが、作者がプロの編集者?ということもあり、キャプションがすばらしい。 たとえて言えば、1ミリの隙もない文だ。 写真が撮れて文が書ける、なんて、うらやましい限り。 TOKYO STYLE (ちくま文庫) 自分が以前買ったときには京都書院という謎?の出版社から出ていたのだが、いつのまにか「ちくま文庫」に入っていた(2003年)。 「新釈現代文」といい、この「TOKYO STYLE」といい、筑摩(ちくま?)は筑摩(ちくま?)ですごいと思う。

祝!「新釈現代文」復刊

驚いた。 昭和30年代中頃に初版が出た大学受験用現代文参考書「新釈現代文」( 高田 瑞穂)が文庫になって復刊されていた(2009/6/10)。 新釈 現代文 (ちくま学芸文庫) 自分が生まれる前に出版された本だが、高校生のときに読んだ。 参考書に限らず、基本的に同じ本を繰り返し読むことはほとんどない人間なのだが、 これは2度以上読んだ数少ない本のひとつだ。 受験現代文を解く上で役にたつとかたたないとかはどうでもよくて、 とにかく構成・書き方がかっこいいのだ。 「たったひとつのこと」 「内面的運動感覚」 「追跡」 ・・・ この本を受験の役に立たないと言って批判する人は、そもそも現代文に興味がない人だろうと思う。 筑摩書房のホームページには次のような解説がある。 「さらに、本書は「人間主義・合理主義・人格主義」を柱とする近代思想の啓蒙書でもあった。ポスト・モダン以降の思想が批判してやまない「近代」が志向していたものが忘れられつつある今こそ、本書を読む意義がある。」 復刊してくれた筑摩書房に、思わず感謝したくなった。

「写真と文」というジャンル

「写真」でもなく「文」でもなく、「写真と文」というひとつのジャンルがあっていい。 写真を専門にしている人の中には、嫌がる人が多いかもしれない。 写真は写真として、写真だけで評価されるべきだ、と。 文を専門にしている人も同じだろう。 その道のプロの人たちのそういう矜持は当然であり、よく分かる。 ただ、個人的には、「写真と文」の両方で表現された作品がとても好きだ。 かなり前(初版1988年)の作品だが、たとえば、これ↓。 Go Go Heavenの勇気 (角川文庫) まるで落書きのような詩(ものすごくいい意味で)と、モノクロ写真で構成されている。 当時、銀色夏生は詩人というより、まさに「写真と文」の専門家だった。 (関係ないが、初期の作品のひとつでは、デビューした頃?の森高千里がモデルをしていた、ような気がする。) 「写真と文」というジャンルは、ブログととても相性がよい。 というか、きわめてブログ的だ。 だから初期の銀色夏生はきわめてブログ的な作家だった、 と言えば、 ファンの人に怒られるに違いないので、 やめておこうと思う。

次の資本主義

松藤民輔氏の「超・投資勉強法」を読んでみた。 (以前「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」を読んだことがあった。) 松藤氏は書いている。 「どんな分野でも、人に「一人前」と評価されるには、少なくとも500時間の勉強が必須ではなかろうか。(中略) プロフェッショナルと認められるにはざっと5000~1万時間は勉強しなければならないと思う。」 500時間・・・。 たった? 500時間なら1日に10時間勉強すれば、50日で達成できてしまう。 仕事を持っている人には無理だが、大学生なら一度の夏休みで完了だ。 1日5時間勉強して、3年で5000時間、6年で1万時間。 氏の考えに従えば、うまくいけば、3年でプロフェッショナルになれることになる。 ちょっと少なすぎるのでは、という気もするが、投資に面白さを感じない人は1日5時間の勉強を到底続けられないだろうし、投資が面白くてしょうがない人は、5時間勉強しても勉強した気がしないだろう。 自分が面白いと感じることは勉強自体が一種の遊びだ。 他人からは努力しているように見えるが、当人は楽しんでいるだけである。 以下、いつもの暴論。 雇用されずに生きていける人間は、できるだけ雇用されずに生きていくべきだと思う。 なぜならそれにより1人分の雇用枠を他人に譲ることができるからだ。 「働かざるもの、食うべからず」という言葉があるが、これからは、「働かざるとも食えるもの、働くべからず」である。 投資で生きていけるというのは、一つの理想だ。 しかし、少子高齢化が進む先進国が豊かであり続けるためには「働かざるとも食えるもの」を増やしていくしかない。 「働かざるとも食えるもの」が働くことは、非道徳的であり悪である。 次の資本主義が目指すべき場所は、そこだと思う。 (景気が良くなって人手が足りなくなったらどうするのだ、という意見があるだろうが、世界には生きていくことができないほど貧しい人々がたくさんいる。 国境という壁を越えて、彼らに雇用枠を提供すれば、貧困の解決に役立つ。 むろんそのためには教育が必須だが、教育産業を充実させること自体が新たな雇用を生むことになる。 また、人手が足りなくなれば、その分賃金は上がる。 さらに、賃金を資本化するしくみによって、誰もが「働かざるとも食えるもの」になれる道筋が確保されていることが重要であることは、言うまでもない。)

『芸術起業論』

村上隆さんのことを完全に誤解していた。 芸術起業論 『芸術起業論』を読んで、村上さんがもろもろのことを、すべて確信犯的にやっているのだということがよく分かった。 『芸術起業論』はマーケティングの視点からも、ものすごくためになる本だった。

岩波ジュニア新書を読んでみた

経済をテーマにした岩波ジュニア新書を読んでみた。 経済の考え方がわかる本 (岩波ジュニア新書) 新井 明 日常的な事例を取り上げ、噛み砕いて説明している。 ジュニア新書なので対象は中高生だろうが、大人が基本的なことを短時間で確認するのにも役に立つ。 しかし、もしこの本を自分が中高生の時に読んだとしたら、どうだっただろう? 「機会費用」だとか「裁定取引」だとか言われても、おそらくほとんど興味がわかなかったに違いないと思う。 なにしろ当時は「本」=「マンガ」or「小説」だったので。 前々から感じていたことだが、子供のために書かれたこの手の解説本は結構ためになるものだ。 NHKの「週刊こどもニュース」がそうであるように。

1972年の自動車工場

自動車メーカーの大減産や派遣従業員、期間従業員の大解雇のニュースを見て、 こんな本を思い出した。 自動車絶望工場―ある季節工の手記 (講談社文庫) 鎌田 慧 おすすめ平均 2008年秋葉原通り魔事件について ホンモノのノンフィクション! 超名著。手に入る限りは読むべき。 栄光の裏にあるもの・・・ 若手ライターよマネしてみては Amazonで詳しく見る by G-Tools 文庫化されたのは1983年だが、単行本が出たのが1972年の作品だ。 雇う側にも、正直なりたくないですね。 あくまでも個人的な気持ちですが。

「マネーの未来、あるいは恐慌という錬金術」

こういった本も、ひとつのエンターテイメントとして読むと、結構楽しめる。

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